1900 年代から 1940 年代にかけて、 America で人気のあった交通手段で、電気鉄道の一種。
都市間を走行する電気自走式鉄道車両、つまり路面電車の事。
Interurban の小型車両は鉄道の客車に似ているが、
架線からの電力を使用するため、はるかにクリーンで、
旅客サービスに加えて貨物を運び、
地域のビジネスの動く広告体でもあり、
線路は市の主要道路に沿って走り、地方の町を結んでいた。

Interurban という言葉は、通常北米で使用され、
それ以外の地域や国では他の用語が使用されている。
第二次世界大戦前には、世界の多くの地域で非常に普及し、
主に都市とその周辺の郊外や田舎のコミュニティ間の旅客輸送に使用されていた。
都市内では路面電車のように路上を走り、
都市外では既存の鉄道路線を共有するか、
鉄道会社が廃止した路線を使用していたので、Interurban (都市間鉄道)と呼ばれた。

America では、1900 年代初頭、ほとんどの道路や多くの町の通りが舗装されておらず、
当時、輸送と運搬は馬車や荷馬車で行われていたので、
Interurban は貴重な移動手段だった。
Interurban は、特に冬の天候で、信頼性の高い輸送手段となり、
1915 年時点で、America では 15,500 mile (24,900 km) の Interurban が運行され、
大きな産業となっていた。
しかし自動車の普及により、
1930 年までに北米のほとんどの Interurban は運行を停止し、
1950 年代まで存続したのはわずかだった。
その後、車の普及は、大都市の中心部での渋滞、駐車場の問題他を生み出すことになり、
21 世紀初頭より、世界各地で、再度、採用する動きが出てきている。
20 世紀の初め、Route 66 上のある程度の都市では、ほとんど Interurban が走っていた。
それらは 20 世紀半ばでほとんどが廃止となったが、
Oklahoma の Oklahoma City では数年前から、
市内の中心部を走る Interurban が登場している。

Oklahoma の Sapulpa には “Tulsa-Sapulpa Union Railway Co.”があり、見学できる。
Texas の Plano には “Interurban Railway Museum” がある。
コメント
いつも詳細な調査に基づくレポートを楽しく拝見しております。
先日、Joplin,MO市内の(元)床屋さんのfb記事を見て、そもそもは
私が訪米前に調べていたWebb CityのRoute 66に残る橋梁跡からたどり着いた
電気鉄道(私は決して鉄オタクでも、廃線オタクでもありませんが…)
に関するジョプリン市民によるブログを再び読み返しています。
https://www.historicjoplin.org/?p=642&cpage=1#comment-11097
私の探訪からはもう10年以上の時を隔てしまいましたが、Route 66
は奥が深い…(グリコみたい(2度も3度も美味しい)な存在だなと実感して
おります。
これからも「あっと驚く」トリビアの数々、大いに期待しています。
貴重な資料、ありがとうございます。Carterville とか、通っていたのが信じられませんが、Interurban 調べると面白いです。今はゴーストタウンのようになってしまった町にも通っていたのがわかると、びっくりします。きっと膨大な資料があると思い、もっと調べたいのですが、今のところ時間がなくて。Trivia はごく普通の方達が興味を持ってくださるように、あまりマニアックすぎないように書いています。Kariya さんのように探究心旺盛な方には物足りないと思いますが、以降もよろしくお願いいたします。私が学ばせていただきたいです。