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Wyatt Earp

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Wyatt Earp (1848 年3月19日 – 1929 年1月13日)は、
America 史上最も有名な保安官で、その功績が讃えられるが、
実はゴールドラッシュを追いかけて、あちこち移動し、
ギャンブラーとしてもその名を馳せた人物でもある。

1848 年 Illinois 州 Monmouth で生まれ。
16 歳のときに California 州 San Bernardino で貨物を運ぶ御者になり、
1869 年に Missouri 州 Lamar の家族と合流し、地元の治安判事になった。

1874 年、Kansa 州 Wichita に到着したが、
そこで妻 Josephine Marcus が買春宿を開き、
Wyatt は売春宿にいたことで何度も逮捕されている。

その後 Kansas の Dodge City や Arizona の Tombstone などの新興都市を転々としたが、
Earp 一家は無法者の集団 “Cowboys”と衝突。
対立は激化し、映画化されて有名な 1881 年の OK 牧場での銃撃戦で、3 人のカウボーイを殺害した。

その後、妻の Josephine Marcus とともに Arizona を離れ、
鉱山ブームの町から町へと渡り歩き、将来有望な鉱山に投資したり、ギャンブルをしたり、
時には保安官として活動したりしながら過ごした。

彼らは Idaho 州 Eagle City でのゴールドラッシュ地では鉱山事業と酒場を所有。
後に San Francisco に戻ると、ボクシングの試合の審判で八百長疑惑があり、
彼の評判は取り返しのつかないほど落ちた。

稼いだ時期もあったが、妻の浪費癖で、残らず、
残りの人生をあちこち転々とした生活をした。

彼は Hollywood の初期の西部劇俳優たちと友人になり、自分の物語を語らせようとしたが、
生前は 1 本の映画 “Wild Bill Hickok”(1923 年) でほんの少しだけ描かれただけだった。

1920 年代初頭、California 州 San Bernardino County の副保安官の名誉称号を与えられたが、
1929 年に 80 歳で Los Angeles の自宅で亡くなった。

Wyatt Earp は、西部の保安官、ガンマン、ボクシングのレフェリーとして知られ、
銃撃戦の重要人物として描かれることが多いが、
優秀な保安官で米国副保安官だった兄 Virgil の臨時の副保安官に過ぎなかった。

が彼の死後、 1931 年に Stuart N. Lake が書いた伝記“Wyatt Earp ; Frontier Marshal”は、
非常に好意的に書かれ、出版されるとベストセラーとなり、
勇敢な保安官としての評判が確立された。

また 1957 年に映画化された “OK 牧場の決闘” は大ヒットとなり、
以来、Wyatt の名声と悪名はより高まった。
今だに彼には多くの熱心な批判者と崇拝者がいる。

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