19 世紀半ば、鉄道での長旅は、停車する駅の近くに食事をとる所がなかったので、
みんな大変な思いをしていた。
それを見て、Fred Harvey は、1876 年に Fred Harvey Company を設立し、
駅と一体化したホテルとレストランを、西部の鉄道沿いに次々と建てていった。
これは大人気となったが、
それに加え、それまでレストランではほとんどウエイターのみだった時代に、
トラブルの少ないウェイトレスを雇うことにし、東海岸の新聞に募集の広告を出した。
当時は女性に選択肢がほとんどなく、
経済的自立の見込みもない時代だったが、
Harvey Company は、若い女性に安全な生活環境で、月給 $17 という高給を支払い、
清潔なお揃いの制服を着せ、
部屋と食事は無料の好条件で、ウェイトレス Harvey Girls として働く機会を提供した。
故郷の退屈な生活から抜け出したい、あるいは恋愛や結婚を夢見る若い女性にとって、
この仕事は夢が実現したようなもので、
東部の故郷を離れ、西部で Harvey Girls として働くために、
18 歳から 30 歳までの若く魅力的で、知的な女性たちが大勢応募してきた。
彼女達は綺麗で教養もあり、礼儀正しく、マナーもよく躾けられていたので、
大人気となり、
1880 年代から 1950 年代にかけて、何千人もの若い女性が Harvey Girls として働いた。

女性たちは契約期間が終わるまで結婚しないことを条件に、
6 ヶ月の就業契約をしたが、
期間が終了すると、プロポーズが次々に舞い込んで、
多くの女性が幸せな結婚をした。
Harvey Girls はその当時の女性の憧れの職業であり、
女性が社会進出をし、自立することで、
女性の社会的地位を向上させたその影響は非常に大きく、
「アメリカ南西部の文明化」に貢献したと言われている。
それだけ話題になった Harvey Girls だったので、
George Sidney 監督、Judy Garland 主演で映画化された“Harvey Girls”は、
1946 年に公開となり、大ヒットとなった。
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